
そんな夕餉後の穏やかなひとときの中。
そろそろ厨房に戻らないといけないかなと、席をたつきっかけを計りつつ、
隣では沖田が近藤山南と政治の話をしていて、二手遊艇買賣 冬乃は正直驚いていた。
沖田の後世のイメージというと、
むしろ政治には関わることを避け、あくまで沖田自身は近藤と土方を武でもって護る懐刀の存在───近藤を仁、土方を智、沖田を勇とした三幹───であるからで。
その三幹の精神ならば確かに、沖田と近藤のやりとりから明らかに見て取れる。
だがその互いへの根本での親愛とともに、この時代の若者らしく、政治や思想の面での信頼もまた、共にあったのだと。
おそらく沖田は、この手のはなしには普段は黙して語らないのだろうが、近藤や山南などの前でなら自由にふるまうのだろう。
新選組とは敵対関係にある、多くの若い反幕府側の志士たちが、指導者的存在の思想に深く共鳴し、その指導者の思想をもとに行動していたように、
沖田もまた、近藤達の思想に深く共鳴しているようだった。
冬乃はその姿を隣に見ながら、目が開ける想いだった。
(そういえば、新選組や近藤様に、政治や思想が無いなんて、そんな間違ったイメージですら、まだ後世に根強く残ってるくらいだっけ・・)
広間で話をしていた者たちが、いつのまにか近藤の談義に、静かになって耳を傾けている、
その横で冬乃はふと、茂吉がこちらにやってくるのを見て、そっと後ろへ膝で移動した。
冬乃とその向こうの茂吉を見やった沖田へ、冬乃は目礼し席を立った。
厨房へ入ると、すでにお孝は帰った後のようだった。
冬乃は流しに立って、すでに片付けられていた膳から食器をとって洗いはじめる。
(なんか・・まだ夢のようで)
冬乃は小さく溜息をついた。
隣に沖田が居て、話をして食事をして、
そして、史料を読書本のようにして過ごしてきた冬乃でさえ想像がつかなかった沖田の一面を知ってゆく。
一方で。
沖田の纏う雰囲気は、ずっと想像していた彼のそれと寸分違わぬものだった。いや、良い意味で想像以上に冬乃を圧倒したとはいえ。
沖田は十代の思春期を他家で大人に囲まれて過ごしたことで、
自然に他人や年長者を気遣えて、自他共の感情の扱いに非常に長けていると。冬乃がそう思い描いていたとおりの彼が、
あの穏やかで、よく笑っていて余裕のある物腰から、ありありと感じられる。
それと同時に、猛者としての誇りと、若く溢れるような力強さに満ちていて。
(きっと、だからこその、あの綺麗な目)
冬乃は、沖田に最初に出逢ったときの、覗き込んできた澄んだ瞳を思い出していた。
そして、彼の褐色の肌と、精悍な顔立ちを。
一説にヒラメ顔だったとも噂される彼だけに。たしかにヒラメのあの、体に比べて小さい顔に、きりっとした面構えからは言われてみれば似てなくもない、と・・ (違うの。かおだちが締まってるって意味でっ)
あわてて冬乃は沖田に心で言い訳しつつ、
彼のそんな引き締まった頬や口元を思い描いているうちに、冬乃の洗いものの手は止まってしまった。
(だって。もう)
あの、すらりとした細めの面立ちのおかげで、
沖田は、あれだけの体格の良さを重苦しくさせずに見事なバランスを保っているのだ。
(かっこよすぎて)
冬乃は惚れ惚れと溜息をつく。
沖田は十代のはじめから、他の江戸の大道場からは荒々しい野武士剣法と言われていた理心流の試衛館道場で身を鍛えあげてきた。
試衛館道場は、真剣勝負を想定し、真剣と同じ重さをもたせた太い木刀を稽古に使う。
その木刀で成長期から散々鍛えてきた体は、
近藤と同様に、当然、筋骨隆々の逞しい体をつくりあげた。
鍛え上げられた胸筋と、どっしりとした足腰に、鋼のような胴。
さらに沖田の場合は持って生まれた骨格にも恵まれ、高い背丈に、逞しい上腕を支えて沖田の肩は張り上がり。
(なのに、・・)
沖田のあの立派な体格が、のちの病のために、四年後には痩せ始めて肉を落としてゆくのだと思うと、
冬乃は心にどうしようもない痛みをおぼえ。
(だから。まだ、考えないようにしなきゃ・・)
「冬乃はん、」
何度も止まる手を奮い立たせて、やっと洗い物を終えた冬乃が、流しを掃除していると茂吉が後ろから声をかけた。
「はい」
人の来る気配は感じていた冬乃がそのまま振り返ると、茂吉は不意に声を落とし、「気ィつけるんよ」と囁き。
すぐに声の調子を元の大きさに戻し、
「お客さんや」
といった。
その言葉に、戸口のほうを見やった冬乃は、
そこに佇む二人の男を見とめた。